BOYS, STYLE

Music

室矢 憲治

荷物をおろせよ、ファニー、荷物をおろして自由になるんだ
 天井から吊るされたシャンデリアに灯がともる。入り口からホール内へと続く赤いじゅうたんを踏んで、絹のガウン、タキシードのしっぽをひるがえして進めば、そこはまるでウィーンの舞踏会かオペラ座の会場のようだ。真紅のドレスに身をつつんだホステス役の女性たちに導かれて、参列者たちは白いテーブル・クロスとろうそくの光に照らされたディナー・テーブルへ着席していく。でも、ここがヨーロッパのそんな場所でないことは、つぎつぎ運ばれるプレートのターキー、マッシュポテト、たっぷりのグレイヴィーソース、はたまたデザートのアップルパイというメニューが明白に教えてくれる。

Music

室矢 憲治

リンダ・ロンシュタット、甦る伝説の歌姫の長い旅
 忘れもしない、あれは1979年3月1日、人気の絶頂にあった彼女が初来日、その最初の公演地、横浜の県民ホールで、そう歌った時、客席からわきあがったあの爆発的な歓声と興奮のおたけびといったらなかった。客席はマリブ・ビーチならぬ鎌倉、茅ヶ崎、平塚、それぞれの海岸でライドを楽しみ、集まってきた湘南からのサーファーたち、76年から来日公演が始まったニール・ヤング、ジャクソン・ブラウン、イーグルスら、ウエストコースト音楽の魅力に身も心もやられた若者たちで超満員。

Culture

東 理夫

新・ガラクタをめぐる旅
 古本屋でもらった2ドル紙幣。
 書斎の本棚のあちこちに、他人が見たらほとんど何の価値もない、いわゆるガラクタのあれこれが置かれている。飾ってある、とはとても言えない。うっすらと埃をかぶり、ただ所在無げにそこにある。

Music

室矢 憲治

イーグルス、愛と勇気の旅 ロード・メモワール
-In Memory Of Glenn Frey-

“荷物をまとめて車に乗せ、ロスにでも行こうかな”Neil Young(ニール・ヤング)がコヨーテのような失意の声でそう歌った70年代の初め、アメリカの路上にはギターを抱えて旅をするロマンチック・ジプシー、シンガー・ソングライターを自称するヒッピー風の若者たちがあふれていた。

Culture

東 理夫

新・ガラクタをめぐる旅
 もう二十年も前、早川書房のミステリ・マガジンで、「ガラクタをめぐる旅」というエッセイ、というかルポルタージュの連載を持っていた。二年ほどその連載は続き、それをまとめて同じタイトルの単行本を早川から出した。あまり売れず初版止まりだったが、熱心なファンの方が多くて、今も、あれは面白かった、と言ってくれる人が結構いる。たくさん売れた方がいいのか、それとも少ない読者でも心の底から面白がり喜んでくれる人がいた方がいいのか、物書きとしては悩む。

Music

室矢 憲治

ボビーに会ったら、よろしくと!
-ボブ・ウィアーの長く不思議な旅-

3、2、1、・・0! カウントダウンから新年の訪れ、と同時に会場の上から舞い降りる無数の風船・・わきあがる大歓声の中 “サンシャイン・デイドリーム、風の吹くところに行こうよ、花々が甘く香るところへ!”とステージの上のバンドは七色のハッピーサウンド炸裂だ!......そう、サンフランシスコやベイエリアに居た人なら知っているよね、グレイトフル・デッドの大晦日ライヴの、あの最高にハッピーな祝祭空間を!

Culture

東 理夫

モテルを探す
ブラックトップにしろ、ハードトップにしろ、一日中トゥレーン・ハイウェイでステアリング・ホイールを握っている時の楽しみは、ランチであり夜の泊まりだ。

Music

ジョージ
カックル

俺の頭に記憶されていたメロディー
1975年、世界一周の旅の終わりにアメリカに辿り着いた。その年は11月から1年間程、カリフォルニアのマリン郡にあった父の家に住み、もう一度インドに行きたいと思って、仕事をしてお金を貯めていた。まだまだ俺の血の中には、旅への思いが流れていたわけだ。

Movies

井澤 聡朗

少年時代から筋金入りのワルとして裏社会を生きた、ハリウッド出身の俳優のお話。
さてさて、『カリフォルニアを舞台にした映画』第3弾である。今回からは、テーマや作品をもう少し絞って紹介していこうと思う。なんせ限られた誌面、有効に活用して参りましょう。

Culture

東 理夫

Highway drive
アメリカのあちこちを車で旅していると、ぼくという人間の根源を作り上げてくれたさまざまな事に出会う。そしてあらためて、ああ、そうだったんだ、とか、こここそがぼくの故郷だったんだ、と思わせてくれて、少しの間感慨にふける。その瞬間、自分の中の何物かが覚醒するのがわかる。身体はともあれ、心はいつもこの地に住んでいたんだと思い知らされる。

Music

ジョージ
カックル

カリフォルニアでメカニックになる道
俺が小学生の頃、父はフォルクスワーゲンを乗っていた。そこから俺のメカニックへの道が始まったのかもしれない。小さい頃から、木造のヨットを持っていた父は、俺にいろんな物の直しかたを教えてくれた。その頃、父に言われたことは今でも覚えている。

Music

室矢 憲治

CALIFORNIA DREAMERSTILL DREAMIN'
「カリフォルニアの州知事が日本のステージで、僕のMC、紹介をしてくれたって? 嘘だろ? そんなのおぼえてないよ〜」陽気で人なつっこい笑顔を浮かべてジャクソン・ブラウンは言う。おぼえてないと言われても、彼が書いたあの大ヒット曲「テイク・イット・イージー」とイーグルスの来日。日本中の若者のハートを“ウエストコースト・サウンド”が揺らしたあの年、1977年。

Culture

東 理夫

ゼネラルストアには人生も売っている
リンカーン大統領は、前職の弁護士になる前の若き日、バーテンダーをやっていたという話を聞いたことがある。ちょっと突拍子もない話で、本当なのかとずうっと気になっていた。ある年、アメリカのハイウェイを特集するムックの取材で、アメリカを縦断するミシシッピー川に沿って東側を走るグレートリヴァー・ロード、US-61を、トム・ソーヤの物語で有名なマーク・トゥウェインの故郷、ミズウリ州ハンニバルの町から、南のルイジアナ州ニユーオルリーンズまで車で走った。

Movies

井澤 聡朗

西部の港湾都市サンフランシスコ映画のセレクション
前回ロサンゼルスを舞台にした映画をいろいろと紹介した本稿だが、その文末を「次回は、サンフランシスコとその周辺を中心にご紹介しよう。」と結んでからかなりの時間が経過してしまった(汗)。遅ればせながら『カリフォルニアを舞台にした映画』第2弾の登場である。

Music

ジョージ
カックル

いにしえのレコードショップ
今回もまたレコード店の話をしよう。カリフォルニアというと、誰でもサンフランシスコやロサンゼルスが思い浮かべるだろう。しかしサンフランシスコから車でほんの2時間ほど北にいったところに、実は忘れられた面白いエリアがある。およそ2800キロ平方メートルのサクラメントデルタと呼ばれる沼地だ。40年前ほど前はその沼地と回りには村や町があり、人もたくさん住む賑やかなエリアだった。

Culture

東 理夫

ホットドックを食べながら
ホットドッグは、ボールパークがよく似合う。野球場であれば、それがメジャーリーグのベースボール・フィールドであっても、ローカルの3A以下のチームしかプレイしない地方のベースボール・パークでも、そここそがホットドッグ本来の居場所ではないかと思われて仕方がない。肩から吊った保温性を工夫した木箱やアルミ製の箱を胸の前にぶら下げ、「ドーッグス! ホッドーッグス!」

Movies

井澤 聡朗

アメリカ映画の中心地であるHOLLYWOOD映画のセレクション
南北縦に伸びるその広大な大地に、海、山、森林、砂漠といった雄大な自然を持つカリフォルニア。一年を通じて恵まれた温暖な気候も影響してか、昔から映画制作がすこぶる盛んだ。また、近代的な大都市や美しい小都市に住む居住者たちも映画制作への理解は深く、市や町をあげての制作協力体制も行き届いている。

Music

ジョージ
カックル

ちょっと油でベタついたレコード
初めてアメリカでレコードを買った日のことを、今でも覚えている。1967年、小学6年生の時、僕たち家族は日本からテキサス州のダラスに引っ越し、アメリカの文化を肌で感じた。当時のテキサスではまだ大きなレコード店はなく、レコードは近所の薬局、ドラッグストアに行って買うものだった。薬局と言っても、日本とは違う。