Be Good Boys

MUSIC

ジョージ・カックルの気ままなサウンド・トーク第二弾。
SF郊外のサクラメントにあったレコードショップ「Freitas Music」でのお話し。

  • いにしえのレコードショップ

    Talk _ George Cockle

    今回もまたレコード店の話をしよう。カリフォルニアというと、誰でもサンフランシスコやロサンゼルスが思い浮かべるだろう。しかしサンフランシスコから車でほんの2時間ほど北にいったところに、実は忘れられた面白いエリアがある。およそ2800キロ平方メートルのサクラメントデルタと呼ばれる沼地だ。40年前ほど前はその沼地と回りには村や町があり、人もたくさん住む賑やかなエリアだった。しかし住人達は少しずつ大きな町の方に移動していき、今ではほとんど寂れて死んでいる。第二次世界大戦の前まではたくさんの移民した日本人や中国人もいたが、その中の日本人は捕虜となり、戦争が終わっても帰ってこなかった。そして小さな村はもう立ち直ることなく、ゴーストタウンになったのだ。しかし木造の建物が多かった川沿いのロックという村はその風景が珍しいので観光地となった。しかし大きなストックトンという町は破産し、廃墟となっている。そこはゴールドラッシュの時代の19世紀にはカリフォルニアで3番目大きな町だった。最近では大都市のデトロイトが破産したことが記憶に新しい。

  • あれは80年代のこと、たまたまストックトンを通りかかることがあり、僕は寂れたダウンタウンに昔ながらの店を探しにいった。実はレコード屋を探していたではない。アンティークショップでも、古いカフェでもよかった。ストックトンのダウンタウンはほとんど閉鎖したビルだらけだったが、車で町をドライブしていると、廃墟の中にまだ看板を出している店が2軒あった。一つは床屋、まだあのクルクル回る赤と青と白の看板がのんびり回っていた。もう一軒は「Freitas Music」と看板に書かれたレコード屋。営業している気配はなかったが、よく見ると、店の窓にはレコードのチャートの紙が貼ってあった。レトロなドアを開けると驚くような世界が広がっていた。まるで1960年代に戻った感じだ。棚はすべて木でできていて、その中にはLP盤とドーナツ盤が詰め込まれていた。CDも少しはあったが、たいした数はなく、代わりにカセットがたくさん積まれていた。壁には木のハシゴがよりかかっていた。店員のオジサンはニコニコしながら「ハイ、ハウ・アー・ユー?」と言ってきた。店は営業中だった。彼はどうやらオーナーのネス・フレイタスさんのようだ。話を聞いて見ると、彼は1950年代からレコード屋を経営していた。大きく「NO CHECKS ACCEPTED」と書いてある。小切手はNG。もちろんクレジット・カードなんか使えるわけがない。カウンターの上にはフタがない視聴用の昔のレコードプレイヤー。昔はブースに4台のプレイヤーがあったという。

  • ユーモアたっぷりなフレイタスさんは、その昔、ジャズコンボでサックスを吹いていたようだ。自分は下手だったから、バンドはやめたと言っていたが、壁に貼ってあるポスターでは「NES FREITAS COMBO」と書いてあったから、リーダーだったのだろう。しかし僕はそこでちょっと悲しいものを見てしまった。宅急便の配達人がパッケージを届けにきたが、そのオーダーはCODだった。いわゆる、キャッシュ・オン・デリバリーだ。フレイタスさんがレジをあけて、金を出そうとすると、金額が足りなかった。彼は笑いながら、俺にウィンクして、自分の財布をポケットから出して、そこから払っていた。商品を現金と引き換えにしなくてはいけないほど、切羽詰まっていたのだ。

  • 彼はこの町のダウンタウンが死んでいくのと同じように、レコード屋の世界が大きなタワーレコードのようなチェーン店に客を取られているのを見てきた。僕は帰る前に、一枚のドーナツ版を買った。バン・モリソンの60年代のヒット”Brown Eyed Girl”だ。少しは力になれただろうか? しかし残念ながら、最近、この店をネットで探してみたが、もうないようだった。ネットで音楽を買うのはいいけど、実際に店に入って、店の人と世間話や冗談を言って笑いながら、音楽を買っていた時代が懐かしい。最後にレコード屋に行ったのはいつだっただろう? この数年、足を運んでいない。最近の僕は音楽を聴きたくなると、最初にI TUNESをチェックし、そこになかったら、アマゾンを見るという行動パターンだ。しかし今でも僕は、昔、買ったレコードを捨てることができないでいる。そこにはいっぱい思い出があるから。もちろんあの店で買った一枚も、まだ僕の手元にある。

    ジョージ カックル

    1956年鎌倉生まれ。音楽マネージメント、音楽制作会社、音楽プロデューサーなど従事し、数々の音楽体験と抜群の記憶力を生かし各種雑誌の音楽コラムを担当し長きにわたり連載を続けている。現在はインターFM「ジョージ・カックルのレイジー・サンデー」のメイン・パーソナリティとして活躍中。